年末年始最後の休み

早いもので今日で休みがおわりですね。今日は少し自分の話をしたいと思います。

僕の人生は普通の人とは違うことがたくさんありました。これからも少しずつ話していくので小説というか自叙伝として楽しんでいただけると幸いです。

正月ということでお年玉について話したいと思います。お年玉といえば、多くの人が楽しみにしていたイベントですよね。何を買おうかいくらもらえるか考えるだけでワクワクしていたと思います。

しかし、僕の家では違いました。いや、正しくは変わってしまったというべきですね。

僕が6歳の時に父親の不倫が原因で両親が離婚し母子家庭になりました。その時に母は精神を病み精神安定剤を飲みながらも僕と二個上の姉を女手一人で育ててくれました。

心身共に不安定で大変なのに働かないと食べっていけないからといろんな仕事を探して懸命に働いてくれていました。僕たちには弱いところを見せないようにしていましたが心のよりどころが欲しかったのだと思います。

小学6年生の時に母親から結婚したい人がいると報告されその後再婚、父親ができました。(この辺の話はまた後日詳しく話したいと思います)

この日を境に僕のお年玉事情がかわりました。

それまで、もらったお年玉は基本母に渡していましたが、おばあちゃんからもらったのと母からもらう分だけは自由に使わせてくれていたのです。

再婚して初めてのお正月のことです。

父「お年玉もらったらママに渡しなさい。ママからは3000円あげるから」

と言われました。僕はそれまで通りおばあちゃんからもらったお年玉は自分で使っても良いと思っていたので、当時集めていた遊戯王カードを友達と一緒に買いました。

お年玉をもらってテンションが上がっていたこともあり3000円分買って友達と一緒に開封してはしゃいでいました。

しかし、家に帰ると

父「お前お年玉もらったんやろ。出しなさい。」

僕「えっ、、、」

父「だから、おばあちゃんからもーお年玉もらったのはわかってるねん。早く出しなさい。」(少し怒りながら)

僕は困惑しながら使ってしまったお年玉の残りを渡して3000円使ってしまったと伝えました。

父「お年玉は回収するって言ったやろ!!」

怒鳴りつけられお年玉は没収されました。

父親として厳しくしたかったのか、何なのか分かりませんが途中からいきなり父として現れ納得のいかないルールを作られたこと母が父の言うことを止めてくれなかったことに腹が立ち悲しかったことを覚えています。

それ以降僕にとってお年玉は楽しみではなくなってしまいました。

悲しい過去でしたがここで話せたことで少し心が楽になったような気がします。まだまだ話したいエピソードがたくさんあるのでまた読んでいただけると嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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